自分の存在を客観的に眺めてみる。 
世界60億人分の1・・然も、やっと生きてるヨボヨボ爺い。 

生きてる事に何の意味が有るのか?
俺の存在は殆ど零。 

零と云うのは、居ても居なくても同じ・・つまり限りなく存在して無いと云う事だ。 
然し、現実に今ここに、「アリ様」は俺として存在してる・・ 此れってどう云う事? 

結局、自分の存在は主観的にしか認識できない、と云う事だ。 
主観的に自分を認識する時、途端に自分の存在は偉大なものとなる。 

自分程素晴らしい存在はない。 
60億分の1だろうが、客観的に零だろうが、そんなの ・・全く関係ない。 

自分にとって、「アリ様」の存在はものすごく有意義で、貴重な存在なのだ。 
客観的な零と、主観的な有・・そのどちらも真実! 

自分の中で、此の相反する2つの真実を、いかに調和させているか? 

零の認識は、限りなく人生の重圧から自分を開放して呉れる。 
零が悩むなんて滑稽の限り・・人は最初から自由なのだ。 

同時に又、零の認識があるからこそ主観的な命の認識が一層価値あるものとなる。 
人は、零の中で自由に成り、主観の中で伸び伸びと生きる・・其れが人生だ! 



関連記事
スポンサーサイト

面白れぇぇぇぇ。

阪神タイガース

comment iconコメント ( 0 )

コメントの投稿






trackback iconトラックバック ( 0 )

Trackback URL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)