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高校生の頃、米朝さんの落語をラジオで聴いてファンになった。
とにかく面白い、完成度が高い、淀みの無い喋り、絶妙の間。。。

40代で既に上方落語の第一人者でした。

ご本人は初め、落語や芸能の研究家になろうとされたそうで、
その影響か、自身が演じる落語に過度にのめり込まず、
自分の落語を第三者としても観るような、程よい距離感を
保ちながら演じていたようにも感じます。

米朝さんが噺家に成られた頃は、東京に比べ大阪の噺家の
数が少なく、「このままでは上方落語は滅びる」という危機感から、
古いネタや誰もやらなくなったネタを先輩や師匠から聞いて、
書籍や音源に多数残されたそうです。

古典落語について「多くの人の工夫が積み重なっていくことが大切」
と語っていました。

落語だけでなく、テレビのトーク番組などの司会も多くやられたが、
他の噺家と一味違う品のある大阪の文化人と言えます。

31年前、地元の市民会館で、米朝さんとお弟子の枝雀さんとの
落語二人会あり、夢が叶ったという想いで観に行きました。

二席ずつ演じられましたが、枝雀さんが絶頂期の頃でした。
今ごろ天国で枝雀さんに「元気やったかいな?」と声を
掛けておられるでしょう。

----------- 合掌 --------



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音楽堂

彼岸桜

comment iconコメント ( 2 )

上方落語の重鎮である桂米朝(89歳)が逝った
落語界で初めて文化勲章を受章された
人間国宝の輝かしい経歴がある

古典落語を再興し各方面で活躍された一人者であった
テレビで追悼番組がある
是非拝聴したいものです

謹んでご冥福をお祈り申しあげます

名前: 源氏蛍 [Edit] 2015-03-21 10:42

源氏蛍 さま

他の噺家に比べ一段上の様な気がしました。
マスコミや観客に諂うのではなく凛とした物が有った。
次にこの後を継げるのは誰ですかな?

名前: 有ストテレス [Edit] 2015-03-21 12:11

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